富士通 黒川社長 専用サイト 【Kurosan‘s office】内の記事 “黒川社長の話”より
これは、読んで字のごとしというか、だいたい言っていることはわかるかと思いますが。
たとえどんな優秀な才能を持ったスポーツ選手でも、玉を磨くというか、練習とか訓練によって鍛えられて、立派な超一流のスポーツ選手になれるのだと思います。
たとえどんな優秀な才能を持ったスポーツ選手でも、この玉を磨くというか、練習とか訓練を人並み以上に努力して積み重ねないと、決して立派な超一流のスポーツ選手にはなりえません。
これは、スポーツ選手に限らず、一般のあらゆる分野のことでも言えることだと思うんです。
「努力は天才に勝る」とか、人間性が優れているとか、人間ができているとか、人格の向上を目指す、というのも「玉を磨く」ことに通ずるものだと思われます。
「玉磨かざれば光なし」ということは、「玉を磨いて宝石のように光輝く人になりなさい」ということですかね。
「磨く」ということは、「修行する」「努力する」「学ぶ」「練習する」「訓練する」とかいうことですかね。
「光る」とは、結果的に実績を上げるとか、世間的に認められる、人間的に成長した、
人格が向上した、・・・とかいうことですかね。
これは何も世間的というか、外面に現れた場合だけじゃなくて、その人個人が内面的に成長したとか、よくやったとか思ったときもあるんじゃないですかね。
マラソンの有森 裕子選手が「自分で自分をほめてあげたい」と言ったように、自分を誉める、自分にご褒美を与える、例えばご褒美として美味しいご馳走を食べるとかいったこともあると思うんです。
例えば極端な話、どんな人でも結婚が決まった瞬間は、その人の人生におけるオリンピックの金メダル、ノーベル賞の受賞が決まったと同じことじゃないですかね。
ちょっと話がぶっ飛びすぎました。
人間生まれたときはみんな玉(しかも全く同じ平等の玉)で、それを成長とともにどう磨いていくか、どうやって光を放つようにしていくか、ということですかね。
また、どんな人でも磨けば光りを放つという素質を全員が持っているということも言えると思うんです。
まあ、その光の放つ量の多寡が、人格の向上によって培われてくるということですかね。
その人格の向上とか、知識・知恵の修得とかにおいて、「気付き」ということが最近とても大切に思えるようになってきました。
年を取ってくると、だんだんと物事とか世の中の出来事がよくわかるようになってきたような気がします。
昔わからなかったことが、ひょいっとわかるようになったり、これも一種の「気付き」だと思いますが。
「亀の甲より年の功」とか。
「井の中の蛙」さんは「大海」を知らないのですが、これも見方によっては、「大海」があるということを「気付く」ことによって、視野が広くなるわけです。
また、わかっている人がわかっていない人に説明するときには、この「気付かせる」ということが非常に大事であり、そういうケースが非常に多いと感じますが、いかがなもんでしょうか。
説明してもわからないのは、どうしても「気付かない」ということが多いと思われます。いずれ年を取ったり、学んで視野が広くなったり、いずれかの時点で必然的に必ず誰しもわかってくることがらばかりだと思われます。
また、人は習性というか心情的というか一般的に、自分と違う意見とか反対の意見を、無視するとか遠ざけるとかしがちです。
しかし、この自分と違う意見とか反対の意見の中に、視野を広げてくれることとか、つまり非常に大事な「気付き」がある場合が多いと思うんです。
以前テレビでも、誰かがこの相手の言うことよく聞くという「傾聴」がとても大事だと言っていました。
私自身も、2002年か2003年のとき、神奈川県厚木市の厚木テクニカルセンターで3ヶ月間研修を受けたときに、この「傾聴」が大事だということを教わりました。
ちょっと思いつきましたが、夫婦の場合も、この男性側の見方・意見と女性側の見方・意見があると思うんです。
これを相手を全く無視して受け入れないのと、相手の言うことを「傾聴」して、折れ合っていくのとは雲泥の差だと思うんですが、いかがでしょうか。
口で言う程簡単ではなくてとても難しいのは、百も承知はしてはいますが・・・。
おっとっと脱線しそうになった、・・・・・。
今回のテーマの「名言」はだいたい想像がつきやすいとか、なんだかくどくどと言われなくてもわかっているわいと思われるますので。
後はご想像と思いを馳せることにお任せいたします。
※今ちょっと思い浮かんだので、Live中継で追加します。
「艱難汝を玉にす(する)」という名言もあったような。
「艱難」は必要な苦労なんだなあと。
お後よろしいようで。
※今ちょっと思い浮かんだので、Live中継で追加します。
「艱難汝を玉にす(する)」という名言もあったような。
「艱難」は必要な苦労なんだなあと。
お後よろしいようで。
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