斎藤 茂太(著)「心をリセットしたいときに読む本」32P
『「ないものねだり」でなく、「あるもの満足」の姿勢が大切なのである』
「足るを知るものは富む」という名言と同じことを言っていると思います。
あれも欲しい、これも欲しいと言って、いつも飢餓感があると苦しいです。
それよりも、現状のもので満足する、現状を肯定するという姿勢が大事です。
社会が悪い、環境が悪い、政治が悪い、といつも文句を言うよりも、
自分の生きる姿勢を良くする、人格の向上を図る、社会が悪い・環境が悪いというよりも自分のやり方・努力が足りないという見方をする、ということが大事だと思われます。
上を見れば、切りがありません。下を見ても切りがありませんが。
とても高価な買い物(例えば、もっと広い住まい・マンションを買いたいとか)よりも、
私は日々のささやかな生活レベルを高めて(ほんの少額の買い物でのレベルアップ)、満足する方がよっぽどいいと思ったりしています。
また、隣近所の人の生活レベルと比較して、あっちの方がいいとか文句を言うよりも、
自分ちの生活はこれでいいんだというか、これで満足するんだというか、そういう考え方・見方に切り替えた方が、よっぽど心が落ち着くと思うんですが、いかがでしょうか。
余り他人と比較しない、ということが言えるかもしれません。
確かに、人間は欲望の動物ですから、欲があるのはしかたがないのですが、この欲のコントロールというか、欲を制限するとか、欲をうまく扱って生きていくというのは、仏教の基本的な教えのような気がします。
投資の神髄は、「欲との闘い」であると、ある豊富な経験と悟られた人が言っていました。
老人が詐欺などにひっかかるのも、私に言わせれば、欲に負けてというか、欲につけこまれてだまされるのだと言えなくもありません。
食欲の行き過ぎの肥満、行き過ぎた金への欲とか・行き過ぎた異性へののめりこみ等による人生の破綻は、よく見られる現象です。
余り言うと怒られそうなので、ここまでで。
ここで、もう一つ。
資産には、有形資産(札束のお金、不動産とか)と無形資産(人格、資格、技能・技術・
知識・知能とか)があります。
有形資産は使えば減りますし、最悪無くなります。
しかし、無形資産はいくら使っても減りませんし、逆に増える一方です。
この無形資産を増やすことに努力することが、よっぽど大事だと思われます。
たとえ無一文(有形資産が)になっても、この無形資産が豊富にあれば、鬼に金棒というか、何度でも立ち直れるというか、人生の最大の武器というか、それこそ無形資産の大金持ちだと言えるんじゃないかと思うんですが、いかがでしょうか。
おまけ。
自分とは反対意見、嫌な意見でも、傾聴してなるだけ聞いてみようということです。
ともすれば、そんな意見は聞きたくない、否定したい、と思いがちですが。
しかし、そんな自分とは反対意見、嫌な意見の中に、おうおうにして貴重な、自分の「目からうろこ」のような見方・考え方に気付くことが多いような気がします。
自分とは反対意見、嫌な意見は、無視する人がいるようですが、これは大きな間違いだと思うんです。
折角の気づきの機会を、みすみす逃しています。
自分とは反対意見、嫌な意見でも、シャットアウトして全く聞く耳を持たないのではなくて、一応謙虚になって一通り聞いてみるという態度が非常に大事だと思うんです。
その上で、受け入れられないものは拒否してもいいし、聞き流してもいいし。
「井の中の蛙」よりも、「大海」を知ろうとする態度とでも言えますかね。
違った見方を大事にする、無視するのではなく、気付きが沢山あるという風に考えることもできると思うんです。
また、違った世界が見えてくる、違った考え方・新しい発想ができるようになる、ということでもあると思うんです。
夫婦の場合でも、男性側の見方・考え方、女性側の見方・考え方があると思うんです。
私ごとで恐縮ですが、私はだいたい計画的にスケジュールを組んで行動する方ですし、
キチッ・キチッとやる方ですが、
妻とのスケジュール調整というか、妻からDisturbされる(乱される)ことにより、
スケジュールを組み替えて、柔軟に組み替え直して行動することが多いです。
昔は、その度にイライラしたり、ムカついていましたが、最近は妻のいいところを取り入れて、出たとこ勝負と言いますか、柳に風と言いますか、少しチャランポランと言いますか、柔軟に対応することができるようになりました。
予定変更はよくありという前提で、平常心で、怒らず、車のハンドルの「遊び」というか、心に余裕をもって対応することが、やっとできるようになりました。
自分で言うのも何なんですが、これも妻のおかげというか、反対意見でも聞いてみたというか、いろいろ気付かせてもらったというか、自分が成長したとか、そういう風に思っている次第です。
最近、つくづく思うんですが、妻なんかの身近にいる人の反対意見とか違った意見とかは、無視するのではなくて、よくよく聞いてあげる、ということが非常に大切だと思ったりしている今日この頃です。
それによって、自分が気付くことが多く、人間的にも成長できると思っています。
最後に、ナポレオンは「悪い情報はできるだけ早く知らせろ」と言ったそうで、
「いい情報は明日でもいい」ということだったらしいです。
これも、耳に痛い、聞きたくない、嫌な、「悪い情報」を、最も重要視していたということで、自分とは反対意見、嫌な意見を傾聴してなるだけ聞いてみる、ということに、相通じると思うんですが、いかがでしょうか。
ついでにもう一つ。
最近、ごくわずかな金額の寄付を、できるだけ多方面に行おうとしています。
(せいぜいたかだか金額は少なすぎるのですが)
株式投資なんかで、富裕層(もしくは富裕層でない一般の人も含まれているかもしれませんが)から、まきあげたお金は、恵まれない人とか貧困で困っている人とかに、寄附なんかで助けてあげたり、貢献したりできないかなあとも思っていたりします。
(もちろん、投資の目的はこれだけではありませんが)
これも、江戸時代?の「ねずみ小僧」のように、悪徳の富裕者からお金を盗んで、
恵まれない貧困層の市民に、お金を施すということにあやかっているのかなあと、
同じような心境なのかなあと、一人内心思ったりしているわけです。
まあ、「神様は見ている」ということでは、妻とは意見が一致しています。
お後よろしいようで。
0 件のコメント:
コメントを投稿