2017年1月29日日曜日

リスクとは、自分が何をやっているかよくわからないときに起こるものです。


 
 
 
 
ジャネット・ロウ(著)「ウォーレン・バフェット」
 

『リスクとは、自分が何をやっているかよくわからないときに起こるものです』
 
 
 
 
 上記についても、本の中では投資について書かれたものでありますが、人生についても
全く同じことが言えます。
 
 リスク(危険)は、例えば今まで経験したことのない状況になった場合とか、想定外の出来事(東日本大震災のような想像を超えた状況とか)が発生した場合とかに、うろたえて的確な判断が下せないときに起きます。
 
 予想される範囲の出来事が起こる場合は、だいたい対応が一応検討できて、結果の予測ができることが多いと思われます。
 
 ただ、この予想される範囲以外の出来事が起こった場合、自分がどう対処すればいいかの確証が持てず、自分が何をやっているかよくわからない状態になり、往々にしてリスクが高まります。
 
 投資の場合は、「希望的観測」が一番いけないとよく言われていますが、自分の希望通りにならないケースが大多数であり、そのときにどう対処していくかが大事になってきます。
 
 自分に都合のよい希望的観測しか思い描いていないと、大多数の自分の希望通りにならないケースの対処の仕方が、自分が何をやっているかよくわからない状態になり、リスクが増すわけです。
 
 まあ、自分の投資の能力・レベルに見合った範囲で、自分に最も有利と思われる得意の分野とかタイミングで、本人のレベルに合った投資をするのがいいと思われます。
 
 野球に例えれば、たとえストライクが来ても打たなくてよく、ど真ん中のストレートのストライクとか好きなコースの好きな球種のストライクだけを打てばいいわけです。
 
 しかも3球三振なんてことはなく、何球でもストライクを見送ることができ、好きなタイミングで好きな球種のストライクを打つことができるわけです。
 
 場合によっては、1、2年、10年、投資を見送ってもいいわけです。
一生投資を見送ってもいいわけですし、中には一生投資をしない人もいます。
 
 ちょっと極端な話になりました。
 
 
「リスクとは、自分が何をやっているかよくわからないときに起こるものです」というのは、「リスクとは、自分がどう対処(選択)すればいいかよくわからないときに起こるものです」というのに近いと思います。
 
 このリスクに対する対処(選択)をより良くするためには、対処(選択)するための「引き出し」を多く持つことが必要になってくるわけです。
 
 「引き出し」を多く持つためには、他人の経験や、歴史上の人物の体験を、読書するなり、人から話を聞くなりして、自分でそれらを追体験して、知識・知恵を蓄えておくということが必要になってきます。
 
 
 
 昔、富士通で45歳研修というのが沼津工場で1週間くらいあって、そのときにある講師から「打つ手は無限」という名言を教わりました。
 
 こういう心境に到達することができれば、もう鬼に金棒ですよね。
 
 まあ、そういうもろもろのことをひっくるめて、抽象的な言葉ではありますが、「人格の向上」(人格を高める)ということに行きつくんだと、私は思います。
 
 また、「第六感」ということで決断することがあるかと思いますが、これも自分の今までに経験してきたもの、今までに学んできたものを集大成して、人間の脳が瞬時に総合的に判断するということで、これがいい結果を生むんだと思っています。
 
 今は、スマホ・タブレット・パソコンなどの情報端末、インターネットの発達により、瞬時に世界中の情報が見えるし、瞬時に世界中の知識・知恵が学べるし、強烈に「引き出し」を多く持つことができるようになりました。
 
人生に起きる出来事に対する対処(選択する)の能力というか、対処方法(選択)の向上という意味では、情報革命の恩恵により、すばらしい世の中になってきました。
 
ただ、この情報革命の恩恵を受けるのも、個人本人の能動的な姿勢が必要にはなってきますが。
 
小学校の卒業式の日に、誰か先生が「馬を水飲み場まで連れて行くことはできるが、水を飲むかどうかは馬次第だ」と言っていたのを今でも印象深く思い出します。
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

0 件のコメント:

コメントを投稿