2017年3月3日金曜日

時間の使い方の巧拙

              ( JR南武線武蔵中原駅構内 )



「時間の使い方の巧拙」


 今回のブログは「時間の使い方の巧拙」について、あくまでも私見です。

 

 今までは、仕事なんかで時間に追われていましたが、これからは時間を追うという感覚で過ごしたいものです。

 

 つまり、時間を自由に自分でコントロールする、自分の思いのままに時間を使う、という感覚ですかね。

 

 どちらかと言うと、計画的にスケジュールを組んで処理する、いわゆる段取りを上手に行うということですかね。

 

 これに、物事を行うのに、優先順位をつけて、優先順位の高いものから処理する、ということも含まれているかもしれません。

 

 それから、断捨離して、不要不急・優先順位の低いものは、カットして行わない、ということも大事です。

 

 それから、即断即決ですね、例えば外食なんかでメニューを見てどんな食事を選ぶかというときも、できるだけ短時間で決める、ということを心がけています。

 

 また、外食時にはできるだけ混まない時間、待たされない時間、例えば昼食時は午前

11時~12時くらいを選択しています。

 

 即断即決のためには、判断力を養うことが大切になってきます。

 

 また、お金の支払いにも、できるだけ電子マネー(私の場合は東急電鉄系のPASMO)を使用して、支払いとかおつりとかにかかる時間を短縮しています。

 

 また、最近ではインターネット通販で物を買うことが多いのですが、これも現地へ出向く時間とか電車代とかで、随分と時間が短縮できています。

 

 

 もう一つ、違った発想で大事なのが、同時に2つのことを並行して行うということです。

 

 例えば、YouTubeに動画を登録する際には、1、2時間かかるのですが、その間自分は別のことをする、ということです。

 

 これは、ある単位時間に作業量を2倍かそれ以上にすることで、見かけ上時間短縮を行うことになると思います。

 

 私は最近この同時に複数の作業をこなす、ということを心がけています。

 

 また、ちょっと発想が飛躍するかもしれませんが、最近人口減なんかで、ロボットを

活用して労働力不足を補うという風潮がでてきました。

 

 私は、このロボットを活用する役割について、ある意味パソコン・スマホなんかも、そういう労働力不足を補うという、同じことが言えるかなあと、ふと思いました。

 

 つまり、パソコン・スマホなんかを個人の秘書として扱えば、これはもう立派な即戦力というか、個人の仕事に協力してくれる秘書、仕事に協力してくれる仮想の人物(人間)とみなすことができるような気がします。

 

 そうすると、パソコン・スマホなんかも一人1台ずつ、よりも一人数台以上持った方が、

仕事が多くできる、自分が複数人に仕事をやってもらっている、という感じがしないでもないのですが。

 

 しかも、複数のパソコン・スマホを同時並行的に扱うと、これはもう何人力、複数人力になるような気もしますが。

 

 かなり、発想が飛躍し過ぎました。

 

 まあ、最近私は時間が足りないのを実感していまして、今回このようなテーマになりました。

 

 それと、「時間の使い方の巧拙」がその人の人生の成果・成績につながるような気がします。

 

 以上、私の独断と偏見の勝手な意見でしたが、この「時間の使い方」についての本は

沢山ありますので、興味のある方は本を読むなり、人に聞いたりしてください。

 

 もっと一般的な、わかりやすい説明、とか納得できる説明があるかと思います。

 

 「時間」は万人に共通に、全く平等に与えられていますので、この「時間の使い方」がとても大事なように思います。
 
 
 
  お後よろしいようで。
 
 
 

 



2017年3月2日木曜日

人の能力には、そんなに差があるわけではない。

            ( 東京・田園調布せせらぎ公園 )



「人の能力には、そんなに差があるわけではない」

 
 今回のブログは、「人の能力には、そんなに差があるわけではない」です。

 

 私なりの、独断と偏見の勝手な見方ではありますが。

 

 人間の脳の大きさ(脳細胞、神経回路、の数とか重さ)は、各個人間でもそれほど大きく違っていなくて、まあせいぜい数10%以内、私から言わせれば誤差の範囲だと思います。(あくまでも想像ですが)

 

 また知能指数IQも、平均値が100くらいで、天才とか言われる人でもせいぜい

140~150くらいらしいです。

 

 つまり、コンピュータに例えると、人間の脳というハードにはほとんど差がなくて、

要はソフトとか いかに活用するか、ということの方が重要だということです。

 

 このソフトとか いかに活用するか、ということが努力とか、成長とか、学習とか、

に相当すると思うのです。

 

 ソフトバンクGの 孫 正義 社長の話によると、コンピュータのAI(人工知能)なんかは、今後知能指数IQが1万とかそれ以上になるらしいですから、これはもう驚愕です。

 

 リオ・オリンピックのメダリストなんかも、肉体的にはそれほど変わらないのですが、

やはり人1倍努力する、いや人の何倍も苦労して努力して練習して、一番努力して鍛錬した人がメダルを獲得するみたいなところがあるのだと思います。

 

 人間の生まれながらに持っている能力は、そんなに差があるわけではありません。

 

 その後の育っていく過程で、いかに努力して苦労して、鍛錬して練習して、成長していくか、が ほんの紙一重の差となって現われるのだと思います。

 

 これは、オリンピックなんかのスポーツでの肉体的な鍛錬・練習のみならず、

精神的な学習・人格の向上・人間性の向上なんかにも言えると思います。

 

 経験を積むことも大事だし、読書なんかによって、他人の経験を取り入れる、ということも大事だと思います。

 

 つまり、極端に言うと、ある観点から見ると、違いは(差は)努力するかしないか、

やるかやらないか、というところにかかっているような気がします。

 

 余り長くなるといけないので、この辺までで。
 
 
 
  お後よろしいようで。

 

2017年3月1日水曜日

苦労を楽しむ





「苦労を楽しむ」


 
 今回のブログは、「苦労を楽しむ」です。

 

 この「苦労を楽しむ」ことができるようになったら、「人生を楽しむ」ことができるような気がします。

 

 この言葉「苦労を楽しむ」に最初に出会ったのは、確か私が30才代前半くらいのときに、日本経済新聞の「私の履歴書」というコラムで、誰だったか忘れたのですが、ある有名な方が、書いていました。

 

 最近見た「釈迦=ブッダ」の生涯のDVDでも、人生は苦であり、苦労ばかりである、

しかし、死期が近づいてきたときには、「人生は美しい」とか言っていたような・・・。

 

 つまり、この人生は苦であり、苦労ばかりである、ということを悲観的にとらえて、

苦痛のみとしか受け取れないのか、ということです。

 

 ここで、この人生は苦であり、苦労ばかりである、ということを楽観的というか、ポジティブというか、前向きにとらえて、結果的には自分を成長させるもの、自分を向上させるもの、という風にとらえ直すことが必要だと思います。

 

 練習とか学習とか訓練とか修行とか、仕事とか子育てとか夫婦関係なんかもそうかもしれない、そういうことはどうしても苦労を伴うのですが、その苦労したことの結果として、

良い結果が得られる、のだと思います。

 

 どうしても苦労を伴うのであれば、その「苦労を楽しむ」という心境・境地・心構え・姿勢、に到達する、というかそういう心の持ちように到達する(悟り)のが大事なように思います。

 

 人間はともすれば、どうしても楽な方、怠惰な方、何もしない方、に心が傾きがちなのですが、これは良くないのです。

 

 これは、過去に生きた人の歴史、とか過去の人の生き様、などからも証明されていると思います。

 

 昨年の、リオ・オリンピックの卓球女子団体で、銅メダルだった選手の一人、福原 愛選手が試合直後、「苦しかった」という発言がありましたが。

 

 それを見ていて、もう一歩心の持ちようを進めて、「苦しかった、けれども楽しかった」という心境になってほしい、と思ったことでした。(傲慢な言い方は慎まないといけないのですが)

 

 ここで、思い出したのは、以前「吉野家」の社長だった、安部 修仁社長(当時)の

講演会で、「BSE(牛海綿状脳症)のときに、アメリカからの牛肉の輸入がストップし、

会社が倒産の危機に陥ったとき、非常に苦労した」という話の後で、「しかし、今人生を振り返ってみると、そのときが一番印象深くて楽しかった」というような発言をされていました。

 

 当時の、リオ・オリンピックのときの選手で、「試合を楽しんできます」という人も増えてきていたりして、心構え的にはいい傾向かなあ、と思ったりしたことですが。

 

 リオ・オリンピックの試合を見ていて、勝敗を分けるのは、本当に紙一重のような感じがします。

 

 極端なことを言うと、いかに練習とかの苦労を他の選手より多くしているか、が勝敗を決している、という見方がある面では言えるかもしれません。

 

 つまり、この「苦労を楽しむ」ことができるようになったら、「人生を楽しむ」ことができるような気がします。

 

 このことは、スポーツのみならず、仕事や家庭、人生のあらゆる面で、言えると思います。

 

 余り長くなるといけないので、この辺までで。
 
 
 
 お後よろしいようで。

 



2017年2月28日火曜日

社会の豊かさ

    ( 東京・銀座4丁目交差点の GINZA PLACE(銀座プレイス)ビル )



 
         「社会の豊かさ」
 
 
 最近思いついたことを、少しでも。

 

(1)  カフェとか喫茶店に来ている人、とかウォーキングをしている人の顔色をうかがっていると、皆明るくて幸せそうな表情をしています。

 

     少なくとも、鬱っぽい表情をしている人、暗い表情をしている人はいません。

 

     引きこもりとか、一日中家にジトっとしている人には、できるだけそういう外に

     出て、巷の空気とか街の息づかいを吸った方がいいのにと思ったりします。

 

     雨の日でも、曇りの日でも、どんな日でも、外に出ると心が晴れたりします。

 

 

(2)  以前のブログのタイトルで、“「お金の豊かさ」よりも「心の豊かさ」を”という

のがありましたが。

 

最近読んだ本の中で、さらにもう一歩踏み込んで、“「社会の豊かさ」を”というのがありました。

 

「社会の豊かさ」というのは抽象的ですが、私なりに解釈すると、「心の豊かさ」を追求する個人が増えていく社会、というのを想像します。

 

品格のある社会、安全・安心のある社会、経済的にも豊かな社会、住みよい暮らしやすい社会、という社会なんですかね。

 

「利己」よりも「利他」、「世のため人のために尽くす」ということによって、

「社会が豊か」になっていくということができます。

 

これは、個人の人格の向上のみならず、社会の品性の向上、住みよい・暮らしやすい社会、安全・安心な社会、につながっていくような気がします。
 
 
 
お後よろしいようで。
 
 
 
 

2017年2月27日月曜日

「運」をよくする技術




 最近のビジネスのトレンドとして、「口コミ」とか「つながり」による経済、ということが重要視されるようになってきました。

 

 つまり、SNS(Facebook、Twitter、Lineなど)の発達により、

人と人とのつながり、による消費行動が重要になってきました。

 

 「モノ」じゃなくて、「コト」を売る、という時代になってきました。

 

 最近は各個人もあたかも芸能人のように、

有名になるかどうか(芸能界ではなくて、SNSとか口コミとかを通じて)が、チャンスを得る(運をよくする)上で大切になってきました。

 

 芸能人は有名であることが、収入の大きな要因であるように、各個人も一般人にいかに自分を知ってもらうかが、収入の大きな要因になってくる、と思います。

 

 これは、各個人が自分を知ってもらうことによって、そうでない人より格段にチャンスが増える(運がよくなる)、ということだと思います。

 

 こういうことは、最近のSNSの隆盛とかから、当たり前の常識になりつつあります。

 

 もう少し詳しく、理路整然とした説明は、関連する本が沢山出版されていますので、

そちらの方を参照してください。

 

 ついでに言うと、この閉塞した日本経済を打破するのは、やはり成長戦略を確実に実行しないといけないと思います。

 

 そういう意味では、上記のビジネスのトレンドの変化(「口コミ」とか「つながり」による経済)を理解して、最近の傾向である全産業へのICTの利活用、AI/ロボットなどの活用、なんかが非常に大事になってくると思います。

 

 それで、産業の新陳代謝を促し、古いゾンビ企業は果敢に廃止し、新しい活力ある新企業を発展させる、ということが非常に大事になってくると思います。
 
 
 
 お後よろしいようで。
 
 
 

 


2017年2月26日日曜日

「お金の豊かさ」よりも「心の豊かさ」を

               ( 横浜高島屋前 )
 
 
「お金の豊かさ」よりも「心の豊かさ」を
 
 
 

 今回のブログは『「お金の豊かさ」よりも「心の豊かさ」を』についてです。

 

 最近、風間 トオル(著)「ビンボー魂」を読んだり、いろいろなお金持ち志向関係の本を読んだりして、感想とか思ったことを少しでも。

 

 私個人の独断と偏見なのですが、お金持ちにも2種類あるような気がします。

 

 タイプ1:単なるお金持ちで、自分のためだけにお金を使うお金持ち

 

 タイプ2:お金を価値あるもの、例えば社会的に価値のあるもの、世のため人のために

      お金を使うお金持ち

 

 もちろん、タイプ2の方が好ましいと思われますが。

 

 「心の豊かさ」は、また「心の金持ち」と言うことができるかもしれません。

 

 逆に、「心が貧しい人」は、「心が貧乏」と言えるかもしれません。

 

 いくら物理的なお金を所有しているお金持ちでも、「心が豊かでない」ならば、決して

人生を総合的・統合的に見た場合、決して幸せではないと言えると思うんです。

 

 逆に、お金がない貧乏でも、「心が豊か」であれば、また「心が豊か」に感じれば、

幸せを感じることができると思うんです。

 

 最近は、ミニマム生活・ミニマリストがいいという人が増えつつあり、物理的な持ち物やお金の多さよりも、「心が豊か」な方がいい、「モノからコトへ」、とかそういう所有欲より、物語・経験・価値観なんかの方が大事だという風潮に変わってきました。

 

 「有形資産」よりも「無形資産」、例えれば、「物やお金」(有形)よりも「心の豊かさ」

(無形)に通じるものがあります。

 

 私は定年退職後、お金よりも一番欲しかった「時間」がたっぷりと出来、しかも全時間自由に、主体的に使うことが出来るようになりました。

 

 嗚呼、有り難い、有り難いことです。(母は、冬の蟻とか言っていましたが)

 

 ある人がいみじくも言っていましたが、これが本当の本来の人生であって、今までの

受動的にやっていた仕事人生は一体何だったのか?、という疑問も涌いてきます。

 

 余り長くなるといけないので、この辺までで。
 
 
 
 お後よろしいようで。